![]() |
8月10日からソウルからプサンへ「プサン学校」として10日間過ごした。場所は海洋大学だ。プサン市から離れたヨンド島の端っこにあった。 まわりの人がいないので、ソウルよりは自由だ。ソウルでは学校外には出ることができないが、ここでは学校外に出ることができる。 |
||||||||||||||||||
| 授業がないときは、学校の外へ出て、海辺に遊びに行ったりできる。同じ生野に住んでいる、朴貞子さんらと海辺に遊びに行った。(朴貞子さんは現在東京で韓国舞踊研究所の所長をしている) | ![]() |
||||||||||||||||||
| 寄宿舎はソウルと同じく、一部屋に2人ずつだ。ここでも王清一さんと同じ部屋だ。 | |||||||||||||||||||
![]() |
|||||||||||||||||||
| 私たちに便りを運んでくれるのは「移動郵便局」。毎日、郵便局の方が学校に毎日来てくれる。家からとか、友人からの便りが楽しみだ。 | |||||||||||||||||||
![]() |
|||||||||||||||||||
| 軍艦に乗った。朝早く、近くの船乗り場に私たちを迎えに来た。DF-73号だ。 軍艦の船内やいろいろと見せてもらった。機関銃もさわらしてくれる。 大砲や魚雷のようなものを撃って見せてくれた。 |
|||||||||||||||||||
![]() |
|||||||||||||||||||
![]() |
|||||||||||||||||||
| 軍艦は慎海海軍基地へ向かった。 | |||||||||||||||||||
![]() |
|||||||||||||||||||
| 海軍基地に着くとここでも盛大な歓迎をしてくれた。 | |||||||||||||||||||
![]() |
|||||||||||||||||||
![]() |
8月15日、光復節の式典に参加した。 会場に行くと私たちは一番中央に並ぶようになった。私たちが入場するとみんなから拍手をならしてくれた。 ここでも、プサン市民たちが歓迎してくれた。 |
||||||||||||||||||
![]() |
|||||||||||||||||||
| 中央に並んだ私たちの列、バラバラだ。 私は壇上に上って写真を撮った。 |
|||||||||||||||||||
![]() |
![]() |
||||||||||||||||||
| 8月20日、終了式。式には金鐘必さん(現在韓国首相)も祝辞を述べるためソウルから駆けつけてくれた。 | |||||||||||||||||||
![]() |
終了証、文教部長官名で発行された。 | ||||||||||||||||||
![]() |
|||||||||||||||||||
![]() |
|||||||||||||||||||
| 帰郷証明書。9月5日にアリラン号に乗って日本に帰るので、間違いのない計らいをしてくださいという、書類。 | |||||||||||||||||||
| 仁守兄さんが迎えに来てくれた。 一緒にソウルへ列車に乗って行った。 |
|||||||||||||||||||
感想などは:ko@inbong.com